「お父さんって、事業内容ってどうやって決めたの?場所はどうやって決めたの?開業資金はどうしたの?」
と長年気になっていたことを、父と一緒に働いている母に聞いてみました。
私の父はかれこれ50年以上自営業をやっているのですが、業種を何で決めているのか、資金はどうしたのか、事業内容を変える時マーケティングをしたのか等、色々疑問だったので。
何度か場所や事業内容は変わりましたが、今も小さな店を母と営業しています。
今にも潰れそうな小さな店ですが、その利益で子供4人中、3人は大学や専門学校まで奨学金無しで出しました。(1人はアパート借りて一人暮らしでした)
不思議です。とてもこの小さなボロい店が儲かっているとは思えなかったのです。
だもんで、私は長年父は北のスパイなんじゃないかと疑っていました。シンガンス的な。もしくは3億円事件の犯人。モンタージュ全く似てないけど・・・。
まあもしシンガンス(仮名)だったら死んでも自分がスパイだなんて言わないとは思いますが。
ではまず父の経歴からお話しますね~。
父は千葉の経済大学を出た後一般の会社に就職し営業として働いていましたが、20代半ばで社長と喧嘩し退職Σ(゚Д゚)、その後はずっと自営業をして現在に至ります。(性格的にサラリーマンに向いていなかったと思われますw)
で、最初の事業内容は、外国で作った商品を輸入して日本で売る、という商売でした。
時代は高度成長期。日本経済が活性化する勢いに乗って父の会社は従業員数名を雇う位に成長しました。
ちなみに何を売るかは同じ業界の商売仲間から、一応売れ筋などは聞いて決めたそうです。
そういえば当時、フランスの会社と取引していたらバカンス時期に突入してあちらの会社と連絡がつかなくなったとか、東南アジアでフランス人形を作らせたらどう見てもアジア現地の顔のフランス人形が送られて来た、などと父が言っていたことを覚えています。
そんなことがあっても順調だった父の会社ですが、ある日突然父の会社の従業員が会社のお金を持ち逃げするという事件があり、父の会社は倒産してしまいました!
その後しばらく父はナニワ金融道な世界を見て来たそうです。「とんだで~」の世界です。
それに凝りて以降、父は人を雇うことをしなくなりました。
その頃「兄弟でも保証人にはなるな」とよく父は言っていました。完全に人間不信ですね。
その後立ち直った父は、東京の下町で小さなお店を開きました。
何というか・・・雑貨屋?みたいな。
50円の子供用ボールや駄菓子、バッグ、ビデオなど、かなり雑多な物を売っていました。(当時学生だった私は1度店番をしたことがありましたが、どこに何があるのやら状態)
商品は東京御徒町の仕入れ問屋から仕入れていたそうです。
資金はなかったので、とにかく安い物を仕入れていた感じです。
それから十数年して、父はアクセサリーの卸売りを始めました。
正確には東京で店をやっていた時からなじみの問屋から仕入れて始めていたのですが、それが軌道に乗ったので東京の店を閉めてアクセサリーの卸のみにコミットしたそうです。
自宅兼仕事場で仕入れたアクセサリーを、やはり仕入れた箱に詰めて値札もつけて商品に。
それをパチンコ屋などに父が持っていき、自ら営業して卸先を開拓していったそうです。
その頃は丁度日本はバブル経済成長期で、父の売っていたアクセサリーも飛ぶように売れ、我が家もバブっていたことを覚えています。(余談ですが、翌年の納税が大変だった程売れたみたいです)
しかしその後日本はバブルが弾け経済は急降下し、アクセサリーの売れ行きも怪しくなっていきました。
そんな時、父はいきなり金券ショップを始めました。どうやら卸仲間から『金券屋がいい』と聞いたみたいです。
最初は何も分からないまま始めて、買い取り価格なども他の店に電話して聞いたりしてたみたいです。スゲー行き当たりバッタリ・・・。
そんなざっくりな父は、店の場所も目の前の道路の交通量と家賃だけで決めたようです。(マイガッ!)
しかしその時金券ショップを始めたお陰で、アクセサリーは売れなくなっても収入は確保できたそうです。
ちなみにマーケティングなどは全くやっていないそうです。(やる訳ない)
金券はお客さんが売りに来てそれをて商品となり、その商品を売った価格との差が収益となりますので仕入れの必要はありません。
だもんで、開店資金はテナント代以外はあまりかからなかったようです。
そしてこのお店は(本当に)細々と、現在も継続中です。
・・・ざっと流れを書いて来ましたが、改めて何というか・・・。
本当によくやってこれたな!としか!まあ運が良かったんでしょうね~💦
でも今回聞いてみて分かったことは、とにかく父は行動力があったということですね。
見切り発車でも思ったらやってしまう所とか、初見の店にバンバン営業に行く所とか・・・。
あ、後は業界内に仲間を作って情報を流してもらうのも重要だったようです。(今だったらネットで足りるかもしれませんね)
しかし動かなかなければ即、収入が無くなるのも自営業の恐ろしさでもありますね。
今月50万円稼げたけど来月千円かもしれないとか、恐怖で眠れなくないですか?
実は最初の会社のお金が社員に持ち逃げされた時の借金は当時で3000万円あったそうです。(現在は完済してます)
40年前の話なんで、今だったらもっと高額ですね。よく返せたもんだと思います。
更に父は十数年前には一軒家の新築も購入して、こちらもローン完済しております。
・・・やっぱり本国からの送金があるんじゃ・・・。
シンガンス(仮)説、濃厚です!
ちなみに今やるなら、私はやっぱりネットショップがいいな~と思いますね。
シャバ代(サーバー&ドメイン代)断然安いし、店24時間開けていられますしね!
やっぱネットショップやろっ!
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